診療・治療について

肺癌(はいがん)について

 現在、死亡者数が最も多い肺癌についてご説明します。肺癌が喫煙と大きく関係していることは広く知られていますが、喫煙をしていない場合でも肺癌が発生することはあります。肺癌の初期には症状がみられず、健診でのレントゲンやCT検査で発見されることが多いですが、進行すると咳、痰、血痰、胸の痛み、息苦しさ、声のかすれなどがみられるようになります。さらに病気が進行すると発熱、体重減少、だるさ、全身の痛み、リンパ節の腫れ、意識障害、けいれんなどの全身の症状が出てきます。

肺癌の検査について

 肺癌が疑われた場合、気管支鏡検査を含む全身の検査を2週間程度のうちに行い、できるだけ早期に治療を開始できるように心掛けています。肺癌の診断を行うためには多くの場合、気管支鏡という内視鏡での検査が必要です。太さがが4mmから6mm程度の内視鏡を空気の通り道である気管支に入れてゆき、内部の様子を観察したあと、がん細胞の塊を採取します。当院ではできる限り確実に診断するために仮想気管支鏡と呼ばれる画像システムと気管支鏡検査中の超音波検査を組み合わせる方法を使用しています。また、これまで、つらい検査とされてきた気管支鏡検査ですが、当院では検査中に鎮静剤(静脈麻酔薬)を十分に使用し、患者さんの苦痛軽減に努めています。そのため、多くの患者さんはうとうとしているうちに検査が終了し、検査中の様子も覚えていないことが多いです。

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写真1:気管支鏡検査が行われている様子

 

 肺癌の診断がついた場合には他の臓器への転移がないかどうかを調べるために全身のCT検査、脳のMRI検査、骨のシンチグラフィー(骨の転移に集まる薬を注射したあと、集まった様子を画像として評価する検査)、必要に応じてPET検査(がん細胞に集まる薬を注射したあと、集まった様子を画像として評価する検査)を行います。

 さらに抗がん剤での治療が必要な場合には、最適な抗がん剤を決定するためにがん細胞の遺伝子の異常やがん細胞表面に出ているたんぱく質を調べる検査を行います。最近ではできる限り、EGFR(イージーエフアール)遺伝子変異、ALK(アルク)融合遺伝子、ROS1(ロスワン)融合遺伝子、BRAF(ビーラフ)遺伝子V600E変異、MET (メット)遺伝子エクソン14スキッピング変異、RET(レット)融合遺伝子、NTRK(エヌトラック)融合遺伝子、KRAS(ケーラス)遺伝子G12C変異の有無を同時に調べ、効果の高い分子標的薬治療ができるか調べます。また免疫チェックポイント阻害剤の効果を予測するためのPD-L1(ピーディーエルワン)と呼ばれるタンパクの様子も調べます。

肺癌の治療について

 肺癌の治療法には手術、放射線療法、化学療法(抗がん剤での治療)、分子標的薬治療、免疫療法、緩和療法(症状を和らげる治療法)があり、これらを単独または組み合わせて治療してゆきます。

 治療方針を決定するにあたり、患者さんや腫瘍に関する十分な情報を得ることが非常に重要になります。具体的には、患者さんの状態(年齢、内臓の働き、体力など)、肺癌の種類(組織型)、病気の進行の程度(病期)、がん細胞の遺伝子に異常があるか(EGFR遺伝子変異、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、BRAF遺伝子V600E変異、MET遺伝子エクソン14スキッピング変異、RET融合遺伝子、NTRK融合遺伝子、KRAS遺伝子G12C変異など)、免疫チェックポイント阻害剤の効果が期待できるたんぱく質(PD-L1)がみられるか、などの情報がとても大切です。これらの情報を参考にしながら呼吸器内科・呼吸器外科・放射線治療科・腫瘍内科医が合同でキャンサーボードとよばれるカンファレンスを行い、患者様の生活背景も含め、十分に議論して治療方針が決定されます。つらい症状のある患者様には初期から症状を和らげるための治療を開始するのはもちろん、状況に応じて緩和ケアチームや放射線治療科と協力して少しでも苦痛を軽減できるように心がけています。

 当院では1回目の治療は患者さんの状態を確認させて頂くために入院で行わせていただくことが多いですが、2回目以降は状況に応じて外来で治療を行うことが可能です(外来化学療法)。外来化学療法はE2階の外来化学療法室で行われます。

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写真2: E棟2階の化学療法室の様子

免疫チェックポイント阻害剤とは

 2015年に免疫チェックポイント阻害剤であるイピリムマブやニボルマブが初めて悪性黒色腫に対して使用されるようになって、7年以上が経過しました。2021年からは肺癌の治療としてもニボルマブとイピリムマブの併用療法が行えるようになりました。

 もともとヒトにはがん細胞を排除する免疫力が備わっており、その中心をT細胞(リンパ球と呼ばれる白血球の一種)が担っています。ところがT細胞表面のCTLA4(シーティーエルエーフォー)やPD-1を介して、がん細胞への攻撃にブレーキがかかることで、がん細胞はT細胞からの攻撃を免れることがあります。免疫チェックポイント阻害剤は、がん細胞や抗原提示細胞がT細胞にブレーキをかける作用をじゃますることにより、がん細胞に対する正常な免疫力をとりもどしてがん細胞を排除します。

 現在では、抗CTLA-4抗体であるイピリムマブやトレメリムマブ、抗PD-1抗体であるニボルマブやペムブロリズマブ、セミプリマブ、抗PD-L1抗体であるアテゾリズマブ、デュルバルマブ、アベルマブなどの免疫チェックポイント阻害剤が開発され、肺癌や頭頚部癌、食道癌、腎細胞癌、胃癌、肝細胞癌、乳癌、古典的ホジキンリンパ腫、尿路上皮癌、悪性胸膜中皮腫、高頻度マイクロサテライト不安定性を有する固形癌、原発不明癌など、多くの悪性腫瘍に対して使用可能となっています。

 非小細胞肺癌については免疫チェックポイント阻害剤の長期にわたる成績が明らかとなり、5年生存率が16%程度、特に、PD-L1の発現が腫瘍細胞の50%以上にみられる場合には5年生存率が30%程度と報告されています。生存されている患者様の中には、治療が終了しているのに腫瘍が大きくならない方も含まれ、従来、治癒が困難であった進行がんであるにもかかわらず治癒がもたらされている可能性が指摘されています。非小細胞肺癌に対しては従来の抗がん剤との併用療法も行われるようになり、さらに高い効果が期待できるようになりました。

 免疫チェックポイント阻害剤の副作用は軽いことが多いのですが、免疫力が過剰に活性化することによる副作用(有害事象)が一定の頻度で出現します。これらはあたかも新しい病気が発症したかのように起きてきます。これまでに間質性肺炎や肝炎、甲状腺機能異常、大腸炎、劇症型の1型糖尿病、重症筋無力症、神経障害などが報告されており、副作用による死亡も報告されています。これらの副作用は、いつ、どのような患者さんに起こるのかを予測することができません。治療中にお体に変化を感じたらすぐに医療機関に連絡してください。体力が非常に低下している場合や自己免疫疾患にかかったことがある場合、肺炎(特に間質性肺炎)にかかっている場合では特に注意を要します。

他院との連携について

 近年、がんゲノム医療が話題になっております。そのさきがけといえるのが国立がん研究センター東病院を中心として行われているLC-SCRUM-Japan(現在はLC-SCRUM-Asia)とよばれるプロジェクトです。がんゲノム医療とはがん細胞の遺伝子を詳細に調べ、効果の期待できる薬剤が見つかった場合には、まだ承認されていない薬剤であっても治験や臨床試験という形で提供しようというものです。当センターもLC-SCRUM-Asiaの参加施設ですので必要に応じてさらに詳細な遺伝子検索も可能です。

大腸癌(だいちょうがん)について

 悪性腫瘍に占める大腸癌の死亡者数は男性では第二位、女性では第一位です。根治切除(完全に治すための手術)ができない大腸癌で全身状態が良い場合には、抗がん剤での治療が行われます。治療を行わなければ生存期間の中央値は8か月程度ですが、化学療法を行うことで30か月を超える生存期間が得られるようになってきています。しかしながら完全に治すことはまだ難しい状況が続いています。

大腸癌の化学療法について

 癌細胞にRAS(ラス)遺伝子変異、BRAF(ビーラフ)遺伝子変異、HER2(ハーツー)の発現などがないか、最初にできた大腸癌の部位が右側であるか、左側であるか、マイクロサテライト不安定性(遺伝子の複製ミスが起こりやすいことが原因で生じた癌であるかを調べる検査)があるかによりに効果的な治療法が決まってきます。

 最初の治療、あるいは2番目の治療としては、オキサリプラチン、フッ化ピリミジン系の薬剤、イリノテカンを組み合わせ、さらにRAS遺伝子変異がない場合には抗EGFR抗体薬(セツキシマブやパニツムマブ)を、その他の場合には血管新生阻害剤であるベバシズマブ、ラムシルマブ、アフリベルセプト)などを併用します。治療薬の種類によっては、中心静脈ポート(心臓に近い太い血管に薬剤を入れるための管がつながった点滴の針の受け皿)の埋め込み手術が必要となります。これらの点滴での治療で効果がみられなくなった場合にはトリフルリジン・チピラシル塩酸塩やレゴラフェニブなどの内服薬を使用してゆきます。また、癌細胞からマイクロサテライト不安定性が証明された場合には免疫療法チェックポイント阻害剤であるペムブロリズマブによる治療効果が期待できます。

胃癌(いがん)について

 悪性腫瘍に占める胃癌の死亡者数は第三位となっています。近年、ピロリ菌との関連が発見され、健診による早期発見や除菌治療が行われるようになり、死亡者数は減少傾向となっております。

胃癌の化学療法について

 根治切除(完全に治すための手術)ができない胃癌で全身状態が良い場合には、抗がん剤での治療が行われます。治療方針を決定するにあたり、患者様や腫瘍に関する十分な情報を得ることが非常に重要になります。具体的には、患者様の状態(年齢、内臓の働き、体力など)、胃癌細胞にHER2(ハーツー)と呼ばれるタンパクがみられるか、免疫チェックポイント阻害剤の効果が期待できるたんぱく質(PD-L1)がみられるか、などの情報がとても大切です。

 胃癌に対する化学療法は最近の進歩により高い腫瘍縮小効果が得られるようになってきていますが、完全に治すことは難しい状況が続いています。生存期間の中央値は614か月とされています。

 最初の治療で効果が得られなかった場合にはタキサン系の抗がん剤であるパクリタキセルと血管新生阻害剤であるラムシルマブ併用あるいは単独療法、さらには免疫チェックポイント阻害剤であるニボルマブ、トリフルリジン/チピラシル塩酸塩あるいはイリノテカンが用いられます。