- 1.目的
回復の見込みがない状態における治療の開始・不開始、継続、差し控え、中止等に関しては、従来から医療現場で重要な課題となっている。DNAR指示を考慮する際、患者の生命に敬意を払い患者の尊厳を守るためには、臨床倫理の基本原則である「患者の意思」を尊重することが必須の条件となる。
患者が尊厳を保ったまま安らかな最期を迎えられるように、倫理的妥当性に十分配慮したDNAR指示のプロセスを明確に示すことを目的として、本指針をここに定める。
- 2. DNAR(心肺蘇生行為を実施しない)とは
DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)とは、患者本人または患者の意思を推定できる者の意思決定に沿い、心停止の際に心肺蘇生行為(CPR)を行わないことである。
DNAR指示(Do Not Attempt Resuscitation Order)とは、患者本人または患者の意思を推定できる者のDNARという意思決定に沿って医師が出す指示のことである。
DNAR指示は心停止時のみに有効であり、心停止でない場合に侵襲的な介入を行わないことではない。DNAR指示が出ている患者が心停止でない場合に治療の不開始、差し控え、中止等を行う場合は、改めて「人生の最終段階における医療」実践のための合意形成が必要である。即ち、DNAR指示のもとに心肺蘇生以外の酸素投与、気管挿管、人工呼吸器、補助循環装置、血液浄化法、昇圧薬、抗不整脈薬、抗菌薬、輸液、栄養、鎮痛・鎮静、ICU入室など、通常の医療・看護行為の不開始、差し控え、中止を自動的に行ってはならない。
- 3.対象となる要件
次の(1)から(3)の要件全てを満たしていることが必要である。尚、(4)の例外的な取り扱いにも留意すること。
- (1)病状が絶対的に予後不良であり、治療を続けても救命の見込みがなく、心肺蘇生が患者にとって最善の治療とはならず、かえって患者の尊厳を損なう可能性があることについて医療チームで慎重且つ客観的に議論し、判断されていること。
- (2)回復の見込みがない状態の患者が心停止になった場合、心肺蘇生を行わないことを求める本人の意思(あるいは推定意思)を確認していること。
- (3)医療チームの判断が本人・家族等の意思と一致していること。
- (4)DNAR方針が決定した後であっても、原疾患の経過に因らない突然の心停止で、心肺蘇生を行うことで心停止前の状態に戻る見込みがある場合は、原則蘇生行為を行うこと。
- 4.DNAR方針決定に必要な手順
(1)医学的判断
複数の医師が客観的な情報を基に、治療により病気の回復が期待できず死が間近に迫っていると判断すること。①から④のいずれかに相当する場合。
- ①不可逆的な全脳機能不全であると診断された場合
- ②人工的な装置に依存し、生命維持に必須な複数の臓器が不可逆的機能不全となり、移植などの代替手段がない場合
- ③その時点で行われている治療に加えて、さらに行うべき治療方法がなく、現状の治療を継続しても近いうちに死亡することが予測される場合
- ④回復不可能な疾病の末期、例えば悪性腫瘍の末期である場合
(2)患者の意思決定能力の評価
意識障害、認知症、精神疾患、未成年など意思決定能力を有していないと思われる患者については、複数の医師を含む医療チームが協議し、意思決定能力について
判断する。患者の意思決定能力があるときに書かれた「事前指示書」がある場合は、その文書における患者の意思を尊重する。
(3)方針の決定に向けた説明と同意
DNARの方針決定に向けた説明と同意の手順は、次によるものとする。
- ①意思決定能力のある患者の場合
DNAR方針の決定は、患者の状態に応じた専門的な医学的検討を経て、医師等の医療従事者から適切な情報の提供と説明がなされることが必要である。その上で、患者と医療チームとの合意形成に向けた十分な話し合いを踏まえた患者による意思決定を基本とし、多職種から構成される医療チームとして方針の決定を行う。この際、患者が自らの意思を伝えられない状態になる可能性があることから、家族等も含めて話し合いが繰り返し行われることも重要である。
- ②意志決定能力のない患者の場合
患者の意思の確認ができない場合には、次のような手順により、医療チームの中で慎重な判断を行う必要がある。
- ア 「事前指示書」がある場合には、その文書における患者の意思を尊重する。
- イ 家族等が患者の意思を推定できる場合には、その推定意思を尊重し、患者にとって最善の方針をとる。
- ウ 家族等が患者の意思を推定できない場合には、患者にとって何が最善であるかについて、患者に代わる者として家族等と十分に話し合い、患者にとって最善の方針をとる。
- エ 家族等がいない場合及び家族等が判断を医療チームに委ねる場合には、患者に代わる者として医療チーム内で十分に話し合い、患者にとって最善の方針をとる
(4)多職種の合意形成
当該患者に関わる医療チーム内で多職種カンファレンスを適宜行い、DNAR方針決定の妥当性について審議する。最終的に、多職種の合意形成をもってDNAR方針が決定される。時間の経過、病状の変化、医学的評価の変更等に応じて、このプロセスを繰り返し行う。このプロセスにおいて話し合った内容は、その都度カルテに記載するものとする。
- 5. DNAR指示の手続き
DNAR方針が決定したら、医師は速やかに電子カルテにてDNAR指示を行い、患者・家族へ十分に説明し同意を得た経緯を記載する。それと同時に、患者掲示板の重要事項にDNAR指示の旨を記載し関係職員に周知する。
原則としてDNARに関する同意書の作成が必要である。やむを得ず同意書を作成できない場合には、口頭で同意を得た旨をカルテに記載すること。
- 6.判断に難渋する場合の対応
DNAR方針の決定に際し、下記のような理由で判断に難渋する場合には、臨床倫理コンサルテーションチーム(CECT)に依頼し、医療チームとそれ以外の複数の専門家からなる話し合いの場を通じてより高次の倫理的判断を仰ぐことが望ましい。
- (1)医療チームの中でDNAR指示を出すための要件を満たしているかどうかの決定が困難な場合
- (2)患者と医療チームとの話し合いの中で、DNAR方針についての合意が得られない場合
- (3)家族等の中で意見がまとまらない場合
- (4)家族と医療チームとの話し合いの中で、DNAR方針についての合意が得られない場合
- 7.DNAR同意の再確認や取り消しについて
DNAR指示はいつでも患者意思による撤回が可能である。時間の経過、病状の変化、医学的評価の変更等に応じて患者・家族の意思が変遷しうるものであることから、適宜医療チームにより適切な情報の提供がなされ、患者・家族が自らの意思をその都度示し、伝えることができるような支援が必要である。
医学的判断、患者の意向、多職種の合意形成のいずれか一つでもDNAR指示の妥当性を欠いた場合は、多職種カンファレンスを開催し、取り消しすべきと判断された場合は、直ちにDNAR指示を取り消すこと。